【お気持ち表明】禁止告知から見るマジック
禁止告知から1週間が経った。
今回はスタンとヒストリックに対しての禁止、相棒のルール変更がなされることが事前にアナウンスされていた。
禁止についてもそうだけど何よりも相棒のルール変更という前代未聞の処置にあちこちで話題に上っていた。
そしてやっぱりというべきかその告知は様々なところで物議をかもしている。
僕もこの改定を見ていろいろ思った1人だ。
先に断っておくと僕はお気持ち表明が得意ではない。
なので誰かを共感させようとかこの界隈に一石を投じようなど一切考えていない。
この記事は僕がこの瞬間に思ったことを後で見返すための記事だということをあらかじめ記しておく。
まず、やはり大きな反響を呼んだのは相棒のルール変更だろう。
これまでもカード単位での細かい修正・エラッタは行われたことがあったがメカニズムすべてが別物になったのはおそらく初めてだ。
イコリアリリース以降、相棒が根本からおかしいことは早い段階で認知されていた。
そして公式からも何度か相棒についてルール変更も含めた議論をしていることが言及されていた。
だから変更が加わることに関しては僕も異論はない。
ただ僕は腑に落ちていなかった。
それは僕自身が相棒というメカニズムを楽しんでいたからだ。
確かに相棒はマジックの根底を変えてしまった節がある。
変更がなされていなければ確実に相棒以前・相棒以後といった具合の断絶がもたらされるのは確実だった。
それでも相棒を擁護したくなるには大きく分けて3つの理由があった。
1つ目の理由が相棒の使用感がとてもよかったからだ。
制限は創造の母とマローが常々口にしている通り、相棒がデッキ構築に与えた制限は久しぶりにデッキ構築欲を刺激した。
そして相棒は僕にとって使ってみて楽しく使われて不快でないメカニズムだった。
普通に考えると強すぎるメカニズムは使われるとウンザリすることもしばしばあるが、相棒に関しては例外だった。
おそらくゲーム前に相棒が見えてることでキープ基準が決められるから一方的に蹂躙されることが少ないことが起因しているんじゃないかなと思う。
まあ、それがゲームの分散性を下げて不健全な方向にマジックを進めていることも確かで、相棒というメカニズムの壊れ具合の一端を担っていたわけだが。
ともかく相棒は端的に言って楽しいメカニズムだった。
よく強すぎるカードが出現するたび「公式はテストプレイをしていない」「テストプレイチームは仕事しろ」などと冗談交じりに批判されることがある。
相棒に関してもその手の批判がなされているのを何度か目にしたことがあるし一時期の僕もそう考えていた。
1枚1枚のカードはともかく目玉能力丸々壊れてましたは仕事しててないでいいでしょ
— ゆーとぴあつりー (@teilving) 2020年6月1日
だけど最近は「しっかりテストプレイをした、だからこうなった」という考えに代わった。
それはテストプレイしたのでなければここまで強さと楽しさを両立したカード(しかもサイクル・メカニズム単位で)が作れるとは思えないという結論に至ったからだ。
そもそも少人数のテストプレイチームが製作途中でカードの効果も収録されるカード群も変化する中で行ったテストプレイ環境と収録カードが完全に固定された環境で全世界のマジックプレイヤーが24時間絶えず試行錯誤を行う現実の環境を比べて「なぜ見逃したんだ。見ればわかるだろ」と批判するのはお門違いもいいところだったと僕自身の発言に対して思う。
そして「安全だが弱く面白みに欠けるカード」よりも「強くて危険だが使って楽しいカード」を優先するのがマジックのあるべき姿だとも思う。
それがセットの看板になるメカニズムであるならなおさらそうだったのだろう。
2つ目の理由が相棒がいたこの環境が(少なくともスタンでは)ひどく歪んでいるとは思わなかったからだ。
実際《空を放浪するもの、ヨーリオン》を使ったデッキがトップメタには君臨こそしていたが、《夢の巣のルールス》や《巨智、ケルーガ》、《獲物貫き、オボシュ》といった他の相棒もメタゲームに食い込んでいたし、《空を放浪するもの、ヨーリオン》デッキ自身もジェスカイルーカファイアーズにする以外にアゾリウスにまとめたりバントカラーにしてみたりと1つの相棒にも選択肢は複数存在していた。
また、荒野の再生やジャンド要塞、ウィノータなどの相棒を使わないデッキも存在し、イコリア以降のメタゲームは群雄割拠の様相を呈していたように見えた。
少なくともArenaで遊んでいる間、僕は特定のデッキに対する過剰にヘイトが高まることはなかった。
これは環境がうまく自浄作用を働かせてメタを回していたからといえるんじゃないかなと思っている。
相棒が消えたスタン環境は何も失わなかった荒野の再生とジャンド要塞あたりが早速結果を残したようだ。
相棒がいたときから活躍していたデッキたちだ、即座に結果を出すことは当然のように思う。
これが一時的なメタゲームの側面であり、相棒がいたときより良い環境が生まれるかは基本セット2021次第だ。
3つ目の理由が相棒というシステムがイコリアでなければ収録されなかったであろうという明確なフレーバーに基づいたメカニズムだったからだ。
メカニズムには大きく分けて2つあると考えている。
1つが変容や星座、動員みたいなその次元やストーリーに深く根差したフレーバーに富んだメカニズム。
もう1つがサイクリングやキッカーなどのゲームバランスのために採用されたフレーバーに寄り添っていないメカニズムだ。
こういう形で2つに分けると、相棒というのは圧倒的に前者に含まれるメカニズムだといえる。
まず、イコリアというのを端的に表すとそれは怪物の世界といえる。
強大で理不尽な災厄を撒き散らす怪物とそれらから身を守り対抗する人間たちという対立構造がイコリアという次元が他の次元とは違う明確な要素の1つだ。
しかし、同時にそんな分かり合えないはずの両者が絆で結ばれ協力しながら生きていくという要素もイコリアたらしてめている要素の1つだ。
これらの要素のうち、相棒は後者の要素をゲームにうまく落とし込むために作られたものだ。
そして相棒はその仕事を見事にやり遂げている。
なぜそれはクリーチャーなのか。それは概念的存在でも非生物でもない生身の生き物であるからだ。
なぜそれは人間ではないのか。それは人間と怪物の絆をフィーチャーしている。そしてプレイヤーは(ほとんどの場合)人間だ。
それはなぜゲーム外から出てくるのか。それはプレイヤーのそばに寄り添い、協力を求めるときには素早く駆け付け君の助けになるためだ。
なぜデッキ構築に制限をかけてくるのか。普通人間と怪物は対立しているものだ。その両者が手を取り合うとすればそれは互いの中に同じ価値観、もとい絆が必要だ。
何故それは相棒という名前なのか。これまでの要素でカード(怪物)とプレイヤー(人間)は互いに同じ方向性を持ってデッキ作成という共同作業を成し遂げた。そして実践では君の呼びかけに従いゲームを有利に運ぶ手助けをしてくれる。それはもはや一蓮托生の存在、相棒と呼ぶにふさわしい関係を表しているからだ。
ヴォーソスだけでなく、メルヴィン的視点からもフレーバーに富んだとてもよくできたメカニズムだと思う。
さて、僕が相棒を楽しんでいた理由は挙げたけど、当然相棒というシステムが壊れていたことも認識している。
かつて第3回グレート・デザイナー・サーチという企画で提出された《遠見の忠告/Farsight Counsel》というカードがあった。
それは青黒6マナのソーサリーで1ドローするだけのカードだったが、ゲーム外から唱えてもよいというデザインだった。
このカードは開発部内で「やるかどうかは置いといて適切なマナコストはいくらになるか」という議論が活発になされたカードだったとマローが紹介している。
それから時を経て、その時の議論が活かされたかどうかは確かめる術は僕にはないが、満を持してマジックの世界にやってきた相棒はその議論は十分に生かされなかったように思う。
6マナソーサリーで1ドローできるだけの呪文が散々議論されたのだ。
生物という形で戦場に残り続け、最悪そのままゲームを決めることができるカードのコストにしては甘すぎる決定だったと思う。
これは単純に今ある相棒たちのコストを増やせばいいという話ではない。
もちろん今の相棒たちのコストはそのパワーに対して安いが、根本はもっと別のところにある。
それは「毎ゲーム必ず初手にありしかもハンデス等で邪魔されない安全な8枚目の手札」という点だ。
前述のとおりスタンダードではうまくメタを回していたとはいえ大量の強力カード、サポートカードがある下環境ではそうも言えない。
わざわざ語るまでもないだろうから詳しくは語らないが相棒というシステムの都合上ヴィンテージでさえ禁止にするしかなかったというだけで十分その脅威は語れる。
しかし相棒はイコリアの看板メカニズム、多くのプレイヤーに使ってもらいたいという気持ちがあったのだろう。
みんなに使ってもらうにはカードパワーが求められる。
WotCは相棒が持つデッキ構築に制限をかけることが結果的にコストとして働きある程度のカードパワーを担保できると思ったのかもしれない。
だがその結果は知っての通り。
その制限はコストとしては緩すぎ、もしくはコストにすらなっておらず結果的に何の制御もかかっていない相棒は次々と下環境を自分たちで染め上げてしまった。
かくして相棒はマジックの歴史を激変させてしまった。
ここでWotCは下環境において相棒をすべて禁止にすることも選択できたが、それは彼らが望んだ未来ではなかったようだ。
だから相棒そのもののルールを変更するという前代未聞の解決策に移った。
では実際にどう変わったのか。それを見てみよう。
各ゲーム中に1度だけ、あなたはソーサリーを唱えられるとき(あなたのメイン・フェイズの間でスタックが空であるとき) にを支払うことでサイドボードからあなたの相棒をあなたの手札に加えることができる。これは特別な処理であり、起動型能力ではない。
つまり、直接ゲーム外から戦場に出していた代わりに3マナを支払って手札に加えられるようになったというわけだ。
この変更を見たとき僕はある知見を得た。
それは今までの相棒は超強力な『願い』をいつでも撃ってていたようなものという事実だ。
『願い』はゲーム外から手札にカードを引っ張ってくるカードの総称だ。
最近だと《成就》がそうだ。
『願い』は手札1枚とそのマナコストを支払ってカード1枚をデッキ外からサーチしてくることができる。
ほしいけど普通には引きたくないカードを必要なタイミングで引っ張って来れる、それが『願い』の強みだ。
その代わり『願い』は本来ならテンポを失うし、手札も増えないようになっている。
でも相棒は違う。
厳密には違うけど相棒を唱えたとき、それはその直前にマナも手札も使わずテンポ損を気にしない(打ち消されない)『願い』を撃っていたと言い換えられるんじゃないかな。
これがいかに壊れているか想像するまでもないよね。
ということで相棒のルールは変わるべくして変わった。
それによってスタンを含め多くの環境で相棒を見る機会は少なくなるだろう。
現にスタンで使っていた僕の相棒デッキはルール変更後に何度か回してみたがほとんど勝てなくなってしまった。
それに対戦相手として相棒を見る機会もめっきりと減ってしまった。
相棒を楽しんでいた身としては少し寂しさもあるがこの選択がマジックにとっていい方向に進むと信じている。
ただ、下環境について僕はほとんどプレイしないから人ごとだけど、一度でいいから今のルールにしてから禁止するかどうかの判断をしてほしかったという気持ちもある。
まあ、それでも《夢の巣のルールス》はヴィンテージ禁止を免れなかっただろうけど。
さて、相棒のことは一回置いておいて禁止されたカードについて見てみよう。
僕は禁止告知が発表されたとき次のように考えた。
《時を解す者、テフェリー》と《創案の火》は禁止の可能性が高い。《軍団のまとめ役、ウィノータ》と《裏切りの工作員》のうちどちらかを禁止にするならばデッキを残す意味でも《裏切りの工作員》の方が禁止になるだろう。
結果はご存じの通り《創案の火》と《裏切りの工作員》がスタン禁止、ヒストリック停止となった。
この結果については概ね異論はない。
《創案の火》は踏み倒しカードの常としてカードプールが広く、強力な高コストカードがある環境ほど脅威度が増すカードだ。
そして、これが《時を解す者、テフェリー》との最大の違いだと思うんだけど、次のローテで《創案の火》は落ちない。
つまりローテ後の環境まで考えると《創案の火》がある前提のデザインはとても窮屈なものになってしまうということだ。
しかもよりによってローテ後一発目のセットはゼンディカー次元への再訪だ。
土地をテーマとした次元でランプデッキの成立やそこでフィニッシャーを張るようなファッティが収録されることが期待されている中で《創案の火》から踏み倒した方が強いというのはWotCが望んだ環境じゃないと感じる。
だから禁止予想に挙げたし現に禁止となっても納得がいく。
一方で《時を解す者、テフェリー》はローテで環境を去ることが確定している。
それでも僕はフラッシュ系をはじめとしたインスタントタイミングを重視しているデッキを環境から追い出し、またその効果から除去することが非常に困難なカードは非常に不健全だと考える。
だから個人的ヘイト感情も多分にあったことは承知の上で禁止カードの予想に挙げたんだけど、その後基本セット2021でこんなカードたちがプレビューされた。
露骨に対策カードを刷ってきた。
なるほど、ローテも近いし基本セットでも対策するからOKとみなされたわけだ。
……うん、個人的なヘイト感情はあるけどそれと禁止の是非は関係ない。そういうことだと納得して残りの3か月を耐え忍ぼう。
さてもう一方の禁止は《裏切りの工作員》だ。
《裏切りの工作員》は《軍団のまとめ役、ウィノータ》や《銅纏いののけ者、ルーカ》などから早期に踏み倒され、そのままゲームを一方的にしてしまうカードだということで禁止にされた。
また、禁止の理由としてそれをされると非常に不愉快という理由も挙げられていた。
おや、そのような理由でかつてスタンで禁止になったカードがあったような……
そう、《反射魔道士》だ。
どちらも一度仕事をすればその後の反撃を許さずにアドを維持し続けるカードだ。
そういった意味で《裏切りの工作員》が禁止となるのは妥当性がある。
しかし、デッキを維持する目的として《裏切りの工作員》が禁止になると予想はしたけどやはり《軍団のまとめ役、ウィノータ》も危険な気がする。
それは《銅纏いののけ者、ルーカ》も含めてどちらも《創案の火》と同じ踏み倒し系のカードだからだ。
今後デザインしていくにあたってこれらのカードを意識し続けるのはデザインに強い負荷を与えているんじゃないかと僕は思う。
もしこの負荷を意識しなければ間違いなく《軍団のまとめ役、ウィノータ》(もしかすると《銅纏いののけ者、ルーカ》も)も禁止リストに名を連ねる可能性がある。
ただ現時点ではその踏み倒し先たる《裏切りの工作員》が禁止されたから様子見といったところなのだろうか。
さて、禁止の内容については文句がないのは既に述べたとおりだ。
だけど最近のWotCの禁止方針については少し不満がある。
それがこれだ。
公式の声明文、アメリカ仕草的に真っ向から謝罪できないのはわかるが、今後の対策だったり過去(たとえば《霊気池の驚異》とか)から学んだことがなぜ生かされなかったのかとかが一切ないからまたやらかすんだろ感半端ない
— ゆーとぴあつりー (@teilving) 2020年6月1日
まあ、これは禁止告知直後に感情的になって書いた文だから口が悪いが今も概ね感じていることだ。
少し懐古的になってしまうが、僕がマジックを始めたタルキール・ブロックの頃は「WotCはスタンとリミテを意識してカードのデザインをしている。だから下環境で禁止を出すのは仕方ないがスタンで禁止を出すのはデザインの失敗を認めることになる」といった風潮があった。
この風潮は僕も賛同だった。
この頃の僕はスタン禁止のことを「ただでさえ2年間しか使えないカードから禁止を出すのはWotCの敗北宣言」だと認識していた。
この方針が変わったのが先ほど挙げた2017/1/9の禁止改定だ。
その前のローテでは《集合した中隊》をキーカードに据えたデッキが圧倒的勝率をたたき出していた。
しかし前述したようにWotCはスタンからは極力禁止を出さないという方針を取っていた。
だから非常に強力で環境を染め上げたにもかかわらず《集合した中隊》はローテまで見逃されることになった。
その状況をWotCは間違っていたと判断したようだ。
過去のスタンの禁止はハードルが高すぎたと。
その方針変更自体は素晴らしいことだと思う。
環境が不健全でつまらないまま次のローテまでの2年間を過ごすのは避けるべきだと僕も思う。
だが、そこから少しずつ何かが崩れていったようにも感じる。
《守護フェリダー》の緊急禁止、カラデシュ・ブロック全レアリティ禁止排出など記憶に新しいプレイヤーも多いと思う。*2
そして、激動のカラデシュ・ブロックが過ぎ、スタンにも平穏が訪れたと思ったところで奴らがやってきた。
ここまでくると最近始めたプレイヤーも見知った顔が勢ぞろいする。
まず初めに《死者の原野》が先陣を切ると続くエルドレインの王権では《王冠泥棒、オーコ》《むかしむかし》《夏の帳》が暴れまわり瞬く間に禁止になった。
その時、WotCはこんな声明を出している。
この記事では主に過去(カラデシュ)に出した禁止について、そこから学んだ教訓、最近(エルドレイン)の禁止と《王冠泥棒、オーコ》の失敗についてが掲載されている。
まずカラデシュの禁止について、WotCは「スタンのパワーレベルが低すぎたことが禁止乱発の原因」だと説明している。
つまり、全体的に弱いカードが多い中では少し強い方向にぶれたカードがあるだけで他のカードがそれを止められず、そのカードが支配的になってしまうということだ。
これは環境が非常にカード1枚1枚に敏感で脆いことを表している。
禁止された《密輸人の回転翼機》や禁止にはならなかったものの環境を支配した《ゼンディカーの同盟者、ギデオン》なんかは本来環境が強ければ起こりえない形で支配的であったと彼らは認識している。
ここから彼らはスタンのカードパワーを上げて歪な支配が起こらないようにと舵を転換した。
全体としてのカードパワーが底上げされれば一部の強力なカードが支配的になりかけても他のカードたちが押さえつけることができる。
こうすることで自浄作用が働き環境は健全な方向へと向かうというわけだ。
この方針転換はうまくいっていると彼らは評価している。
ただし《王冠泥棒、オーコ》を除いて。
彼らがその禁止カードを輩出したセットがスタンにあるにもかかわらず明確にデザインの失敗だったと認めることは非常に珍しいことだ。
アメリカが謝罪=責任を取るという文化が関係しているのかもしれないが、基本的に彼らが失敗を失敗だとタイムリーに認めることは少ない。
それほどまでに《王冠泥棒、オーコ》は彼らの目指すべき理想からかけ離れた存在だったことがわかる。
この記事から、彼らが過去を振り返り、そしてそこから学ぼうとする姿勢があることはわかる。
それはいいことなんだけど、根本的にずれているんじゃないかなと僕なんかは思ってしまう。
それは、「そもそも禁止カードを出すハードルを下げたのが間違いじゃないか」ということだ。
前述したようにあるカードが環境を支配し歪んだ状態が続くことを僕もよしとは思わない。
ただ、このことで「最悪禁止にすれば環境を正せる」と思っているんじゃないかという心配がある。
上の記事ではカラデシュとエルドレインの禁止は違う理由で生まれたと語っている。
本当だろうか?
カラデシュの禁止カードたちは本当に環境だけが理由だったのだろうか?
後発のコストの踏み倒しカードは《霊気池の驚異》の教訓を生かせたのか?
《反射魔道士》《約束された終末、エムラクール》のような使われると不愉快になるカードから何を学んだのか?
そして、彼らのいう”うまくいっている”は本当に信用していいのだろうか?
もちろんカードの強さはその時の環境とメタによる相関関係であることはわかっている。
それでも過去の失敗がなぜ失敗したのか、それがどう先のデザインに生かされているのかを知りたいと思うことは許されていいんじゃないだろうか。
《王冠泥棒、オーコ》に関しては珍しくそれが語られた。
だが中身は「今のバージョンになる前はもっとつまらないものだった」「パーマネントを無力化する効果のコストを過小評価していた」「クリーチャーで対処できると考えていたが3マナプレインズウォーカーに対しては有効ではなかった」「もっと対策カード刷ります」といった感じでどこか腑に落ちない回答が多いと感じた。
まとめると禁止のハードルを下げるのならその分デザインは慎重になるべきだし、禁止せざる負えないのならばそのカードが印刷に至った経緯について説明があってもいいと思うわけだ。
ここ数年、《暴れ回るフェロキドン》解禁から《死者の原野》禁止までの約2か月間以外スタンには禁止カードが存在し続けている。
少なくとも僕はそんな環境は健全とは思えないしこんなにポンポン禁止を出し続けている現状に対してWotCがどう思っているのだろうかという疑問はある。
ここまで相棒について、禁止について書いたけど基本的にマジックが好きな気持ちは今のところ変わらない。
もしその気持ちが陰ってきていたなら僕はこんな記事は書かなかっただろう。
今回の禁止告知だけで見た場合、中身は概ね納得のいくものだった。
ただそこから相棒に対する気持ちの整理、最近のスタンの禁止方針に対する不満を文章にまとめておこうと思った。
最後にもう一度、これは僕のお気持ち表明であり回想録であり備忘録だ。
何を言っているんだと思われた方々には時間を取らせて申し訳ないが忘れてもらえると幸いだ。
それでは好きだった相棒に別れを告げ、いつの日か禁止のないスタンが戻ってくることを願って。
キーワード能力雑記:【第2回目】〜不動の障壁〜
前回からものすごく時間がたってしまった……
あらためましてキーワード能力雑記へようこそ!
この記事では毎回1つのキーワード能力に焦点を当てて色々深堀していこうと思う。
第2回となるキーワード能力は『防衛/Defender』だ。
早速定義の確認と行きたいところだけど、まずは防衛が産まれる前を見てみたいと思う。
時代は接死と同様にアルファ発売まで遡る。
マジックが産声を上げたときからクリーチャー・タイプというものは存在した。
その中でも一番多く存在したのが実は『壁/Wall』なんだ。
その数なんと10種類!!
マジックの初期では壁は基本的なクリーチャー・タイプだと認識されいたことがここから読み取れるね。
(ちなみに現在ではオラクルの変更で一番多いクリーチャー・タイプは人間/Humanの12種類なんだけど、人間/Humanというクリーチャー・タイプが登場したのはミラディン。当時はまだ人間はクリーチャー・タイプとして認められてなかったんだ)
そして、壁であるということはクリーチャー・タイプとして参照される以外にもあるゲーム上の役割があった。
それが、「壁/Wallであるクリーチャーは攻撃に参加できない」というものだ。
あれ?どこかで聞いた文面だね。
そう、これが防衛/Defenderのもとになった効果。
始めは壁に与えられた特別ルールだったんだ。
でも、現在の壁にそんなルールはないよね?
つまりどこかのタイミングでそのルールは撤廃されたんだ。
それが行われたのが神河物語発売時。
それまで壁が持っていたこのルールを防衛として一般化することで、壁による「壁ルール」独占は終焉を迎えたんだ。
これにより神河物語以前に登場していた壁(ある1種を除く)は防衛を持つようにオラクルで変更されることになった。
それじゃあそれを踏まえて今の防衛のルールを確認してみよう。
- 702.3a 防衛は常在型能力である。
- 702.3b 防衛を持つクリーチャーは攻撃に参加できない。
- 702.3c 1体のクリーチャーに複数の防衛 能力があっても意味はない。
702.3aと702.3cについては接死のときにも触れてるし省略。
その代わり、文字通り防衛の要である702.2bについて見てみよう。
702.3b 防衛を持つクリーチャーは攻撃に参加できない。
これは君のターンの攻撃クリーチャー指定ステップの開始時に防衛クリーチャーは攻撃クリーチャーとして指定できないということを表してるね。
わざわざこんな書き方をしたのは、「攻撃している状態で戦場に出る」場合で攻撃した状態の防衛クリーチャーを出すことは適正だし、攻撃している状態のクリーチャーに防衛を持たせても戦闘から取り除かれないということを強調するためだ。
また、「可能なら攻撃する」効果については防衛によって攻撃できないから無視することになるんだ。
あくまで防衛は攻撃クリーチャーステップのクリーチャーの指定にだけ関与するということ覚えておこう。
さて、防衛はルールが非常にシンプルだから防衛の意義について語ってみよう。
見てもらって分かるように防衛は基本的にデメリット能力だ。
キーワード能力は基本的にそのカードを強化するものが多い中、なぜわざわざ防衛をキーワード能力化したんだろう。
この理由について公式から言及しているソースを見つけられなかったからここからは僕の予想になる。
これは当時存在したあるクリーチャー・タイプが関係してると僕は睨んでいる。
それがレジェンド/Legendというクリーチャー・タイプだ。
このレジェンド、クリーチャー・タイプであることに加えて「戦場に同じ名前のレジェンドがいる場合、後から出てきた方を生贄に捧げる」という特別なルールを持っていた。
そう、勘のいい人は気づいたかもしれないけどこのルールが時代とともに変更され今のレジェンド・ルールへと引き継がれてきたんだ。
それでは何故壁とは関係のないレジェンドが防衛誕生に関わっていると考えるのか、それは神河物語を含む神河ブロックの主なテーマが「伝説」だったからだ。
多数の伝説のパーマネントが追加された神河物語はそれと同時にクリーチャー・タイプとしてのレジェンド/Legendを廃止してクリーチャー以外のパーマネントが持っていた「伝説の」という特殊タイプへと統合、ルールの整備が行われたんだ。
その結果、そのクリーチャー・タイプであることがそのクリーチャー・タイプである以上の意味を持つものが壁/Wallだけになった。
だから、この機会にクリーチャー・タイプにそれ以上のルールを持たせるのをやめようとキーワード化した、僕はそう思っている。
ちなみに、防衛がルールとして整備され追加されたのは既に述べたように神河物語。
だけど防衛と書かれたカードが初めて印刷されたのは次のセットである神河謀叛。
そう、神河物語には防衛と書かれたカードは1枚も収録されていないんだ。
これもキーワード化しようと思って制定したというより、ゲーム全体の統一感を生むために制定したということを表しているんじゃないかな?
さて、防衛としてキーワード化された結果、壁でない防衛持ちクリーチャーというのが登場するようになった。
一方で、壁に役割がなくなったかというとそうじゃなかった。
防衛が制定された後も着々と新たな壁は登場を続けている。
そんな壁、《霧衣の究極体/Mistform Ultimus》みたいな特殊な例を除くと全員が防衛を持っている。
これまでも、そしてこれからも壁と防衛の関係は続くんだろうなあと思わされるね。
次は防衛とカラー・パイの関係を見てみよう。
防衛は全ての色に存在していているけど、強いて言えば白や青が他に比べて多い傾向にある。
白は不必要な争いを避ける色だ。
だからこちらからは手を出さず、相手から攻めてきたときにのみ力を発揮するという姿勢を防衛で表しているんだ。
一方で青に多いのは青の理念というよりは攻撃制限を持つクリーチャーが青に多いことが理由なんじゃないかな。
また、壁との関係からアーティファクト・クリーチャーに多いのも特徴だね。
それと、防衛を付与するカードが多いのも白の特徴だ。
これらのカードは主に対戦相手のクリーチャーに使うことで攻撃から身を守ることが想定されたデザインだ。
これはデメリット能力であるという点を上手く利用しているといえるね。
ところで防衛にはアンチカードというものが存在している。
赤は防衛に対するアンチカードを多く有する色だ。
その理由は赤の理念から読み取れる。
赤は最も感情的で攻撃的な色だ。
赤がその先に進みたいと思ったなら、壁(もとい防衛)が目の前にあってもお構いなしに突き進むという姿勢が防衛を破壊・無視するというのがこの効果に表れているね。
それじゃあ防衛の特徴はこれくらいにして、今度は防衛を持つクリーチャーの方の特徴を見てみよう。
まず、防衛クリーチャーというのは通常のクリーチャーに比べてマナレシオが優れている傾向にあるんだ。
マナレシオは一般的にそのクリーチャーが持つP/Tの平均と点数で見たマナ・コストの比のことだ。
これが大きいほどそのクリーチャーは支払ったマナに対して効率がいいという指針になる。
それじゃあ例としてP/Tが3/3のクリーチャーを見てみよう。
まず防衛を持たないクリーチャーの平均マナレシオは約4.35点だ*1。
つまり3/3のクリーチャーを召喚するには4マナ強支払う必要があるということがこれでわかるね。
一方で防衛クリーチャーを見てみよう。
その平均マナレシオは2.7点。
防衛を持たないクリーチャーに比べて1マナ以上も効率がいいことがわかるね。
もちろん、今回の集計では防衛以外のテキストは無視しているし、カードの色やマナ拘束については一切考慮されていない。
そもそも防衛を持つ3/3のクリーチャーは持たないクリーチャーに比べて圧倒的に少ないから単純にマナレシオを比べてもあまり意味があるとは言えないかもしれない。
それでも防衛というデメリット能力を持つ代わりに召喚しやすいようにデザインされていることがここから見て取れると思う。
次に防衛クリーチャーはタフネス偏重のクリーチャーが多いんだ。
ほとんどの防衛持ちはパワー≦タフネスの関係が成立していて、逆にパワーの方が大きい防衛持ちは数えるほどしか存在していない。
さらに、防衛持ちクリーチャーのうち、パワーが0であるクリーチャーは全体の半数を占めるんだ。
壁から派生した経緯的に敵の攻撃から身を守る障壁というイメージを高いタフネスで再現しているんだね。
また、防衛を持つことで将来的に強力な戦力になるクリーチャーを軽いコストであらかじめ準備するといった使われ方もしている。
これは例を見た方が早いかもしれないね。
《切望するマーフォーク》は2マナでありながら3/2と優秀なマナレシオを持つクリーチャーだ。
だけど、その恵まれたマナレシオも防衛の前では相手の小型~中型クリーチャーを足止めすることしかできない。
でも《切望するマーフォーク》にはもう1つの能力があるね。
それがマナを払うことでそのターン防衛を失うことができる能力だ。
これのおかげで状況に合わせて攻撃に転じることができるんだ。
そうなると《切望するマーフォーク》は見かけ上、4マナ3/2のクリーチャーを2マナずつ分割して召喚、本来なら5ターン目からのところ3ターン目から攻撃に参加できるクリーチャーと言えなくもないよね。
もちろん攻撃したくなければ追加の2マナはいらないし2回目以降の攻撃の際も2マナ必要なことから単純に比べることはできないけど、本来ならもっと高マナ域のクリーチャーを序盤の壁として利用し、タイミングを見計らって攻めの脅威として活躍することが防衛とそれを失う過程で表現することができるんだ。
とはいえ防衛を持つことは基本的にデメリットだ。
君がデッキを組むときに防衛クリーチャーを入れたいと思う機会は少ないかもしれない。
だけどそんなデメリット能力である防衛クリーチャーを積極的に選出したくなるかもしれないカードがいくつか存在するんだ。
まず、防衛を持つことを参照するカードがいくつか存在している。
もともとクリーチャー戦や火力による除去に強い傾向にある防衛クリーチャー。
その特徴を生かして相手を足止めしている間に大量の防衛クリーチャーによるシナジーで勝利を決めるデッキを汲んでも面白いかもしれないね。
WotCは防衛というデメリット能力をメリット能力として扱えるように、防衛とシナジーを持つカードを出していこうとしていてセットによってはそれがテーマの一部になったりしているから、今後も強化パーツは増えていくと思うよ。
他にもそのタフネスの高さを生かした戦い方なんてのもある。
本来、戦闘では自身のパワーの分だけ相手にダメージを与える。
それをタフネスの値に変更してしまうカードがあるんだ。
これらのカードを使えばその圧倒的なタフネスで相手を押しつぶすことができるね。
でも、ちょっと待って!確かにタフネスでダメージを与えられるようにはなったけど攻撃できないんじゃ意味ないじゃないか!
そう思った君、安心してくれ。
そんな君のためにこんなカードが存在している。
そうこれは「防衛クリーチャーであるにもかかわらず攻撃を可能にする」という画期的なカードだ。
これによって防衛というデメリットを無視した軽くて固いクリーチャーたちが一斉攻撃すれば相手はひとたまりもないだろうね。
あっ!もう一つ重要なことがあった。
こういった一時的に防衛を無視するカードには「防衛を持たないかのように」と書かれている場合と「防衛を失う」と書かれている場合の2パターンがある。
機能的にはどっちでもよさそうに見えるけどこの2つ、実はルール的に大きな溝があるんだ。
つまり、前者は実際には防衛を失っていないということなんだ。
少し上で防衛を参照するカードについて触れたよね?
それらのカードと組み合わせたとき、もし防衛を失ってしまうと参照する防衛の数が減ってしまう。
だけど「防衛を持たないかのように」は防衛を持ったままだからそれらとシナジーを崩さないようになっているんだ。
もし防衛デッキを組むときはこの辺も考慮してデッキを組む必要があるね。
最後に前回同様防衛に関するカードについて触れていこう。
といっても既に防衛に関するカードは触れてきたから今回はスリヴァーについてだけ触れるね。
《休眠スリヴァー》が共有するのは防衛と「戦場に出たとき1ドロー」だ。
今回は防衛の記事だからもう片方の能力には触れないけど、普通に考えたらデメリット能力の共有なんていくらメリットとなるときがあるとはいっても嬉しいものじゃないよね。
でもよくテキストを見てほしい。
「すべてのスリヴァーは防衛を持つ」とあるね。
そうすべてだ。
昔のカードは自分だけでなく対戦相手のカードにまで影響を与えるカードが多かったんだ。
つまり相手がスリヴァーを使っている場合、《休眠スリヴァー》を出すことで相手を機能不全にすることができるね!
相手がスリヴァーを使ってくるかどうかなんてわかんないって?相手のクリーチャーをスリヴァーにすればあるいは…
まあ、本来はもう一方の能力を主体に採用されるだろうけどテキストは読み得だから覚えておくと意外な活躍をするかもしれないよ。
さて、防衛について色々見てきたけどどうだったかな?
もしこれが面白いと思ってもらえたら幸いだ。
次回は本来の順番よりも先にせっかちなあのキーワード能力について見ていこう。
その日まで、あなたの身を守る盾が敵からの攻撃を防いでくれますように。
*1:この集計はLvカウンター0個の第1面・非反転状態で3/3の黒枠クリーチャーを扱っている。何のことかわからない人は戦場に出てきたときに3/3であるクリーチャーくらいの認識で構わない。
キーワード能力雑記:【第1回目】~死に触れゆくとき~
ついに始まったキーワード能力雑記。
記念すべき最初のキーワード能力は『接死/Deathtouch』だ。
内容に入る前になぜ1回目に接死を選んだか。
それは総合ルールに記載されている順番にしようと思ったら1番目が接死だったからだ。
どうやら総合ルールでは基本セット2014時点での常盤木能力*1のアルファベット順→その能力の登場順という記載になっているらしい。
話を進めるためにまず、接死の定義を見てみよう。
702.2 接死/Deathtouch
- 702.2a 接死は常在型能力である。
- 702.2b 最後に状況起因処理をチェックした以降に接死を持つ発生源からのダメージを与えられた、タフネスが0よりも大きいクリーチャーは、状況起因処理によって破壊される。rule 704 参照。
- 702.2c 0点でない戦闘ダメージが接死を持つ発生源によってクリーチャーに割り振られた場合、戦闘ダメージの割り振りが適正かどうかを判断する上で、それはそのクリーチャーのタフネスによらず致死ダメージとして扱われる。rule 510.1c-d 参照。
- 702.2d 接死ルールは接死 ダメージを与えるオブジェクトがどの領域にあっても機能する。
- 702.2e 効果によってダメージを与える前にそのオブジェクトが領域を変更した場合、そのオブジェクトが接死を持つかどうかを決定するために最後の情報が用いられる。
- 702.2f 一つのオブジェクトに複数の接死があっても効果は変わらない。
まあ、七面倒くさく書いてはいるが要は「接死を持つ発生源がクリーチャーにダメージを与えたらそれを破壊する」ということを詳しく厳密に書いているに過ぎない。
直感的な理解を正確なルールに落とし込むためにはこれだけの文章が必要というわけだね。
それじゃあ1つ1つ確認してみよう。
702.2a 接死は常在型能力である。
常在型能力とは、起動したり誘発したりすることなく常にあるいは条件が満たされている間ゲームに影響を与え続ける能力のことだ。
また、常在型能力は条件が満たされた場合でもスタックを用いることなく適用されることも忘れてはならない。
もちろん接死はわざわざ起動せずとも効果を発揮するし何かをトリガーに誘発する能力でもない。
接死が常在型能力ということは、接死は持っているだけで効果が発揮される能力ということがわかるし、その際にスタックを用いないこともわかるね。
何を当たり前のことをだらだら書いてるんだと思われたかもしれないが、これには理由があるんだ。
接死/Deathtouchが初めて登場したのは未来予知の頃。
その当時のルール*2はこうだった。
502.63. 接死
- 502.63a 接死は誘発型能力である。「接死/Deathtouch」は「このクリーチャーがいずれかのクリーチャーにダメージを与えるたび、そのクリーチャーを破壊する。」を意味する。
- 502.63b 1つのパーマネントに複数の接死能力がある場合、それぞれは別々に誘発する。
なんと接死は登場当時は誘発型能力だったのだ。
ではなぜ常在型能力に変更されたのか。
変更されたのは基本セット2010が発売されたとき。
このころマジックでは大幅なルールの見直しが行われていて、マナ・バーンの廃止や戦闘ダメージがスタックを用いなくなるなど現代マジックの基礎を築き上げようとしていたんだ。
そんな中で当時の接死は大きな問題を抱えていた。
それは、「接死による破壊」と「タフネス以上のダメージを受けたことによる破壊」がどちらも適用されてしまうことだった。
例えば下の図を見てみよう。
今、《不毛地の蠍》が《灰色熊》にブロックされたところだ。
この時、《灰色熊》は「《不毛地の蠍》のパワー分(2点)のダメージを受けた」ことで破壊される。
そして、そのあとに「接死を持つ《不毛地の蠍》からダメージを受けた」ことが誘発する。
接死の効果が誘発した時にはすでに《灰色熊》は戦場にはいないから普通は問題は起きないはずだ。
でももし《灰色熊》がいわゆる「再生の盾」をもっていたらどうなるか。
「再生する」は(それを常在型能力として持っている場合でなければ)「このターン、次にこのパーマネントが破壊される場合、代わりにそれから全てのダメージを取り除き、タップし、戦闘から取り除く」を意味するキーワード処理だ。
要は破壊効果を1回だけ無効化する効果をパーマネントに付与することで、そのイメージから「再生の盾」と呼ばれている。
最近だと「名前に対して効果が直感的でない」「ルールが複雑すぎる」といった理由で使われなくなってしまったメカニズムだね。
上記で示したように再生は破壊効果を1回しか防いでくれない。
すると、「《不毛地の蠍》のパワー分(2点)のダメージを受けた」ことによる破壊は「再生の盾」で防いでくれるけど、そのあとに誘発した接死の誘発は防いでくれないんだ。
つまり《灰色熊》を守るためには「再生の盾」が2枚必要になってくる。
また、《不毛地の蠍》が接死を複数持っていると《灰色熊》を守るためには接死が誘発した数と同じ枚数の「再生の盾」が必要になっていた。
これは直感的ではないしルールも複雑で初心者フレンドリーじゃないよね。
この問題を解決するためにWotCは戦闘ルールを変更する際に一緒に接死についての扱い方も変更することにしたんだ。
その結果、接死は常在型能力になり、誘発型能力でなくなったことから接死を複数持つ意味もなくなった。
702.2f 一つのオブジェクトに複数の接死があっても効果は変わらない。
今現在のルールでは接死を複数持っていても変わらないし、「再生の盾」も1つでクリーチャーを守れるようになった。
より直感的にわかりやすくなったね。
次に
702.2b 最後に状況起因処理をチェックした以降に接死を持つ発生源からのダメージを与えられた、タフネスが0よりも大きいクリーチャーは、状況起因処理によって破壊される。rule 704 参照。
を見てみよう。
ゲーム中ではあまり聞き覚えのない言葉が書いてあるね。
そう、状況起因処理だ。
状況起因処理は簡単に言えばゲーム内で起きたイベントをチェックして実行に移す処理だ。
例えばプレイヤーがライフが0以下になったときプレイヤーを敗北させたり、タフネス以上のダメージを負ったクリーチャーを墓地に置いたりしているのが状況起因処理だ。
つまりこのルールは接死が状況起因処理の中の1つとして実際にクリーチャーを破壊していることを表しているんだね。
また、接死によってダメージを受けたかどうかは1回しかチェックしないという点には注意が必要だ。
どういうことかというと、「2/2の破壊不能持ちのクリーチャーが接死を持つ1/1のクリーチャーからダメージ受けた。その後、何らかの方法でダメージを受けている2/2のクリーチャーは破壊不能を失った」という状況を考えよう。
このとき、ダメージを受けている2/2のクリーチャーは1点のダメージを受けてはいるが、既に接死からダメージを受けたかどうかのチェックは終わっているため、破壊はされない。
ここだけは直感的じゃないけど逆に考えるとこのクリーチャーが負っているダメージは誰から受けたダメージだったっけと覚えていなくてもいいわけだ。
次に移ろう。
702.2c 0点でない戦闘ダメージが接死を持つ発生源によってクリーチャーに割り振られた場合、戦闘ダメージの割り振りが適正かどうかを判断する上で、それはそのクリーチャーのタフネスによらず致死ダメージとして扱われる。rule 510.1c-d 参照。
これは戦闘のルールを変更するルールだ。
また例を示そう。
上の例では《不毛地の蠍》を《灰色熊》Aと《灰色熊》Bでブロックしている様子だ。
A→Bの順でダメージを与えるとして、もし攻撃しているクリーチャーが接死を持たないクリーチャー(《灰色熊》C)なら次のようになるよね。
この例だとAとCが相打ちになってBは生き残るよね。
なぜなら、攻撃クリーチャーはダメージ割り振り順で決めた最初のブロッククリーチャーに致死ダメージを与えなければ次のブロッククリーチャーにダメージを割り振ることができないからだ。
だからCはAに1点、Bに1点で両方の《灰色熊》が死亡しないようにダメージを割り振るっといったことはできないんだ。
でも接死を持っていると話は変わってくる。
このルールでは実際にダメージを割り振るよりも前にブロッククリーチャーのタフネスが何点であろうと致死ダメージは1点だと教えてくれる。
つまり下の図のようなことが可能になるんだ。
これもプレイヤーたちの直観を再現するために設けられているルールだ。
もしこのルールがないと、先述したようにもう《不毛地の蠍》の毒で死んでいる《灰色熊》にさらなる追撃を加えなくてはならないからね。
WotCの記事では度々プレイヤーが直観的に想像する挙動と実際のゲーム状況が食い違っているときはルールの方をプレイヤーの直観に合わせるようルールを変更することがあると言及してきた。
つまり、「大多数のプレイヤーがルールを間違って覚えているということはルールそのものが間違っているのだ」という理論だ。
WotCのこういった細かな配慮もマジックが長く愛されている秘密なのかもしれないね。
次のルールは普段はあまり意識しないかもしれない。
702.2d 接死ルールは接死 ダメージを与えるオブジェクトがどの領域にあっても機能する。
これが意味することは別に接死は戦場にある時だけに効果のある能力じゃないよということだ。
つまり接死を持つクリーチャー・カードが墓地や手札、追放領域などにあってもそのカードがクリーチャーにダメージを与えるなら接死は有効なんだ。
と言ってもそれらの領域にあるカードがどうやってクリーチャーにダメージを与える状況なんてあるわけ……
Selfless Exorcist / 無私の浄霊者 (3)(白)(白)
クリーチャー — 人間(Human) クレリック(Cleric)
(T):いずれかの墓地にあるクリーチャー・カード1枚を対象とし、それを追放する。そのカードは、自身のパワーに等しい点数のダメージを無私の浄霊者に与える。
3/4
あった。
流石マジック、長い歴史を持つだけはあるなあ。
《無私の浄霊者》は墓地のクリーチャーカードを追放できる代わりにそのカードのパワー分だけダメージを受けてしまうといった変わった墓地対策カードだ。
その際に受けるダメージの発生源が追放されるカードのため、接死を持っていると《無私の浄霊者》は死んでしまうというわけだ。
さあ、ルール項目も残すところあと1つだ。
702.2e 効果によってダメージを与える前にそのオブジェクトが領域を変更した場合、そのオブジェクトが接死を持つかどうかを決定するために最後の情報が用いられる。
最後の情報は、あるオブジェクト(呪文やパーマネントのようにゲーム中1つと数えられるものの総称)が以前存在した領域から離れる直前の情報のことを指す。
例えば、《バジリスクの首輪》を装備した+1/+1カウンターが1個乗った《歩行バリスタ》を考えてみよう。
ここで《歩行バリスタ》の1点ダメージを飛ばす能力をクリーチャーに対して起動するとどうなるか考えよう。
まず+1/+1カウンターが0個になった《歩行バリスタ》は0/0になり死亡してしまう。
でも起動した能力は《歩行バリスタ》が生存しているかは関係がないからそのまま解決に移るよね。
すると能力にはダメージの発生源は《歩行バリスタ》だと記されている。
《歩行バリスタ》の情報を参照しようにも既に戦場にいない。
だから代わりに《歩行バリスタ》の最後の情報が参照されて接死を持っていたことがわかる。
結果として《歩行バリスタ》の能力の対象となったクリーチャーを接死を持つクリーチャーからダメージを受けたとして破壊することができるんだ。
ちなみに常在型能力は基本的には最後の情報を参照することはできない。
これが参照できてるのはこのルールでしっかりと明記されているからなんだね。
ここまでルールを見てきたけど逆に接死にはできないこと、つまりルールに書いていないことについても確認しておこう。
まず、接死はクリーチャー以外には全く意味がないね。
接死を持つクリーチャーがプレインズウォーカーにダメージを与えても破壊できないし、プレイヤーにダメージを与えても敗北することはないね。
強大な力を持つプレインズウォーカー(プレイヤー)にとって、クリーチャーが持つ毒など些細なことなのかもしれない。
あと、なんやかんやあってダメージが0点になった場合も接死は効果を示さない。
ダメージを防いだということは毒牙には触れていないってことなんだね。
さて、ルールを見ただけでもだいぶ分かったことが多いけどここからは接死が生まれた経緯やそれが持つフレーバーについて語っていこうと思う。
接死が初登場した時期については上でも書いたけど未来予知のときだ。
でもそれまでにも似たような効果は存在していてその起源はマジックの原点、アルファまで遡ることができる。
それが「バジリスク能力」だ。
アルファには以下の2種類のカードが収録された。
これらのカードが持つ「これをブロックしたか、これにブロックされたすべてのクリーチャーは、戦闘終了時に破壊される。ただし、壁は影響されない」という能力をWotCは《茂みのバジリスク》から名前を取って「バジリスク能力」と呼んでいたんだ。
ちなみにバジリスクは蛇の王の異名を持つヨーロッパに伝わる架空の生き物、コカトリスも同じくヨーロッパに伝わる架空の生き物で蛇の尾を持つ鶏とされている。
そしてどちらも猛毒を持っているとされているんだ。
つまりこれらのカードはその毒をもって触れた生物(壁はフレーバー的に生物じゃない)を死に至らしめるというわけだ。
まさにイメージ通りの能力だね。
さて、このバージョンの「バジリスク能力」、今の接死とはだいぶ効果が違うことがわかるね。
さらに、このバージョンと書いたように「バジリスク能力」にはこのバージョンの他に様々なバージョンが存在した。
例えば、破壊するタイミングが戦闘終了時なのか能力が誘発・起動されたタイミングなのか。
例えば、壁以外、黒以外、アーティファクト以外など破壊制限があるのか。
例えば、単に破壊するのかそれとも追放するのか、はたまたマイナス修正という形なのか。
etc...
このように「バジリスク能力」は頻繁に使われる能力にもかかわらず、その効果のテンプレートが存在せず、そのカードごとにテキストを読まないとそれが有効な相手・タイミングがわからなかった。
プレイヤーにとってこの複雑さはゲームを楽しむ上で邪魔でしかないよね。
それはWotCも同じことを思ったようで既に成功していた別のゲームのアイディアを参考にしたんだ。
それがこれだ。
デュエル・マスターズ(以下デュエマ)には初期のころからスレイヤーという能力があった。
スレイヤー能力はバトルの勝敗にかかわらず相手クリーチャーを破壊できるという効果だ。
この能力はデュエマの第1弾から存在し基本的な能力として成功していた。
その成果を見ていたマジックの開発者たちはマジックにもスレイヤーのようなテンプレートを作って「バジリスク能力」を整理するべきだと考えたんだね。
かくして「接死/Deathtouch」はキーワード能力として日の目を見ることができたんだ。
ちなみにデュエマもWotC社が開発しているカードゲームだ。
そのため、マジックのアイディアをデュエマに輸出したり、逆にデュエマからアイディアを輸入したりすることが度々行われているんだ。
さて、接死が生まれた経緯はわかった。
じゃあ接死が持つフレーバーについて見ていこう。
まず、接死/Deathtouchという名前。
接死はDeathtouchをそのまま日本語訳しただけだろうから、英語の方を見てみよう。
当たり前だけどDeathtouchは造語で、Death(死)+Touch(触れる)からなる単語だ。
このクリーチャーからダメージを受けたら(触れられたら)そのクリーチャーは破壊される(死ぬ)ということを簡潔に伝えているね。
プレイヤーがこの名前を見ただけでテキストを読まずともこのクリーチャーは何か恐ろしい能力を持っているに違いないと思わせ、効果を確認した後ではこれ以外ふさわしい名前はないだろうと思わせるいい名前だと思う。
これが、「救済」とかでなくて本当に良かった。
あっ、直訳しただけとか書いたけど、接死という訳も素晴らしいと思うよ。
キーワード能力は過去の一部の能力を除き、漢字2文字で翻訳するという慣習があるんだ。
カタカナでデスタッチと書かれるよりも接死と書いてある方が効果のイメージが付きやすいしかっこいいからね(※個人の見解です)。
そういった意味でも意訳をせずに素直に接死という造語を作ったことは評価できる点だね。
次にカラー・パイから見た接死のフレーバーについて考えてみよう。
カラー・パイはさっくり書くとその色がどのように考えてどのように行動するのかという指針だ。
カラー・パイを見るとなぜその色にはできて他の色にはできないのかというのが見えてくるんだ。
さて、カラー・パイ的に接死を得意とする色は黒で次いで緑が得意ということになっている。
これはなんでだろう。
黒はこの世界を弱肉強食と捉えていて弱者は強者の食い物にされて当然と考えている。
そうなると黒にとって最も信頼できるものは力であり、それを手に入れるためにはどんな手でも使うといった側面がある。
そのため腐敗や疫病、暗殺技能といった他の色が忌み嫌うものも使えるのなら積極的に利用していこうと考えるは自然だ。
そういった側面の表現として接死が得意だというのは納得がいくね。
緑が接死を持っているのは黒よりも単純だ。
自然界には身を守るため、ないしは敵を襲うために体内で毒を作る生き物が多く存在する。
毒とはそれだけ自然界ではありふれたものであり、持って生まれた能力として息を吸うように緑は接死を使うことができる。
ところで、ゲーム的な話になると緑は最もクリーチャーを除去するのが苦手な色だ。
緑にとってクリーチャーは共存こそすれ排除する存在じゃないからね。
そんな中でも例外的に許されているのが飛行クリーチャーの除去とクリーチャーを使ったクリーチャーの除去だ。
接死は後者として緑に与えられている対クリーチャー用の能力なのかもしれないね。
上記を踏まえると黒の方が接死が得意な理由もなんとなく予想ができるね。
黒は最もクリーチャー除去に優れた色だ。
それは黒にとって他者は自分の立ち位置を脅かす脅威か力を得るための障害であり、それを排除しなければ安寧を得られないからだ。
だから黒はその身に接死を宿して除去手段の1つとして利用する。
一方で緑は最もクリーチャー除去が苦手な色だ。
しかし、自然が内包する一種の破壊性の象徴である生命が持つ毒の表現として接死は最適だ。
結果として接死は持つが、黒ほど積極的には利用しないだろう。
つまり黒は能動的に、緑は受動的に接死と向き合っているといえるね。
だからカードとしての必要性を考えると印刷の優先順位は黒に傾いたんだと思う。
さて、接死は黒と緑が得意とすることはわかったけど他の色はどうだろう。
白は防御的でクリーチャーを排除しようとするものを忌避するだろう。
青は知識の探求という理念の達成のために接死を必要としないだろう。
赤はそんな回りくどいことをせずもっと直接的な方法をとるだろう。
つまり他の色はそもそも接死を必要としていないことがわかるね。
事実、黒でも緑でも(そして無色でも)ない初めから接死を持っているカードは今のところ存在していない。
白や青のクリーチャーは黒マナをコストとする起動型能力で接死を得られるものが何枚か存在している。
ほとんどが黒マナを要求するのに対して、例外が存在する。
それが自軍のクリーチャーが持つキーワード能力を参照して全体で共有する《月皇の司令官、オドリック》と緑のパーマネントをコントロールすることで得る《毒のイグアナール》だ。
とくに《毒のイグアナール》は現状赤単色でテキストに接死と書いてある唯一のカードだ。
いかに赤にとって接死を必要としていないことがわかるね。
最後に接死と関係のあるカードを見ていこう。
キーワード能力と言えばスリヴァー、スリヴァーと言えばキーワード能力と言っても過言ではないほどスリヴァーとキーワード能力は密接に関連している。
スリヴァーは同族である他のスリヴァーたちと自身が持つ能力を共有するというメカニズムを持っているクリーチャー・タイプだ。
そして多くのスリヴァーたちは自身の持つキーワード能力を仲間と共有するんだ。
さて、そんなスリヴァーたちにはもちろん接死を共有するものもいる。
それがこの《毒牙スリヴァー》だ。
フレイバー・テキストを読むに彼らは人間たちによる毒矢攻撃を耐えた結果、ついにその毒に対して耐性をつけ、逆に自らの武器としてふるまう力を仲間と共有するようになったようだ。
彼らを襲っていた連中にとってはこれ以上に恐ろしいことはないだろうね。
さて、接死を共有するスリヴァーは《毒牙スリヴァー》だけだが、接死の登場前に収録された「バジリスク能力」を共有するスリヴァーもいる。
それが《毒素スリヴァー》だ。
こちらのフレーバー・テキストを見るとこの毒は攻撃用というよりは敵に毒を持っていることをアピールすることで襲われにくくするという使い方をしているみたいだね。
実際、このバージョンの「バジリスク能力」は接死とは違い戦闘ダメージでしか誘発しない。
この毒はあくまで敵に戦闘を躊躇させ、自らの身を守るために持っているのであり、攻撃などの他の用途で使う想定ではないというフレーバーであれば接死よりも「バジリスク能力」の方が適しているのかもしれないね。
ちなみに最も接死が多い色は黒で次いで緑と解説したけど、最も「バジリスク能力」持ちが多い色は緑で次いで黒という順番なんだ。
スリヴァーに関してだけ見ると、お互いその能力の2番手に位置する色のスリヴァーが共有役であるという点は少し面白いね。
《群衆の威光、ヴラスカ》は接死を持つクリーチャーがいずれかにダメージを与えるとそのクリーチャーに+1/+1カウンターを1つ置く常在型能力を持っている。
ヴラスカはゴルゴンのプレインズウォーカーで一流の暗殺者だ。
その上で信奉者と呼ばれる暗殺者集団を引き連れている暗殺集団の長でもある。
この効果は、自身の信奉者たちに自分の暗殺技術を分け与えているように見えるね。
また、忠誠度能力で生成されるトークンはいわばプレインズウォーカー版接死と言える能力を持っている。
彼女とその信奉者たちがいかに暗殺に長けているかということがわかるね。
次に見ていくのは《鏡の盾》だ。
これは先ほどのヴラスカと違い、接死を持っていることが不利になるカードだ。
その効果は、《鏡の盾》を装備しているクリーチャーが「接死を持つクリーチャーが1体、これをブロックするか、これにブロックされた状態になるたび、そのクリーチャーを破壊する」というものだ。
つまり、接死による毒牙にかかる前に相手を打ち倒すことができるんだ。
さて、これはフレーバーの話なんだけど、なぜ接死を持つクリーチャーは鏡でできた盾で破壊されてしまうんだろう。
それはこのカードが登場したマジック最新セットである大好評発売中テーロス魂還記に関係している。
テーロスはギリシャ神話をモチーフにした世界だ。
そのため、テーロスに登場するキャラクターやエピソードにはギリシャ神話を元ネタとするようなカードがいくつも存在している。
《鏡の盾》もその1つだ。
ギリシャ神話には神と人間のハーフ、半神と呼ばれる英雄が何人も登場する。
その中の1人にペルセウスという男がいた。
ある時、彼は島の領主からゴルゴン3姉妹の1人、メデューサの首を取って来いと命じられる。
ゴルゴンはその目でにらまれると石になってしまうという恐ろしい怪物で、誰も倒せるなんて思ってもいなかった。
これは彼の母ダナエ(元姫で超絶美人)を狙っていた島の領主によってしかけられた罠。
ペルセウスがこの命令を断ったら領主に背いたとして死刑、従ったら誰も倒せるはずのないメデューサによって殺されるとどちらに転んでも邪魔者であるペルセウスを排除できるという寸法だった。
従うしかなかったペルセウスだったがそこは半神、父親はあの主神であるゼウスということもあり、アテナやヘルメスといった神々からチート級の武器を借り受ける。
その中の1つにあったのが青銅でできた鏡の盾だった。
ペルセウスはゴルゴン3姉妹のところまでたどり着くとその石化の視線を盾で防ぎながら近づきメデューサの首を掻っ切り、見事討伐に成功する。
そんな話がギリシャ神話にはある。
話をマジックに戻すと《鏡の盾》はメデューサ討伐のためにペルセウスが持っていた盾がモチーフとなっているんだ。
石化の視線(接死)から身を守り、逆に討伐(破壊)してしまうという逸話を見事に再現しているね。
また実際の神話では石化の視線を防いだだけなんだけど、後の創作ではその視線を跳ね返してメデューサ自身を石化させたとも言われている。
カードイラスト的にはこっちのイメージの方が近いかもしれないね。
このカードはプレインチェイスという多人数戦用に作られた次元カードというものだ。
プレインチェイスでは、プレイヤーたちがさまざまな次元にプレインズウォークし、その次元特有の効果を受けることになるんだ。
さて、この《オナッケの地下墓地》はシャンダラーという主に基本セットなどで舞台となった次元に存在する遺跡だ。
この遺跡はかつてオブ・ニクシリスに変え、リリアナに4大悪魔のうち2体を倒す力を与え、ガラクをその呪いでもって苦しめた《鎖のヴェール》と呼ばれる強力なアーティファクトが安置されていた場所だ。
そんな強力なアーティファクトがあるからか、《オナッケの地下墓地》は全てのクリーチャーは黒であり接死を持つという効果を持つ。
この接死は自らを蝕む呪いが外に漏れ出て他者すら苦しめる、そういう表れなのかもしれないね。
さて、接死についてルールや歴史、フレーバーについて見てきたけどどうだったかな。
もしこれが面白いと思ってもらえたら幸いだ。
次回は動かざること山のごとしなあのキーワード能力について見ていこう。
その日まで、あなたを死に至らしめるその恐ろしい毒牙にかかりませんように。
キーワード能力雑記:【第0回目】~キーワード能力ってなに?~
マジックの楽しさは奥が深い。
マジックはその25年以上の歴史の中から様々な楽しみ方を生んできた。
その中でも公式からたびたび話題として挙げられてきたものとして、ティミー/タミー、ジョニー/ジェニー、スパイクとい3つの楽しみ方がある。
簡単に言えばティミー/タミーはマジックに楽しく派手な体験を求めるプレイヤー、ジョニー/ジェニーがマジックで自己表現を目指すプレイヤー、スパイクがマジックに困難な挑戦を求める競技思考なプレイヤーと言われている。
しかし、この分類の他にもう1つ軸があるのを知っているかな。
それが、ヴォーソスとメルという軸だ。
ヴォーソスはマジックというゲームが紡ぐ膨大な背景世界、ストーリー、カード1つ1つのフレイバーテキストを楽しむ。
対するメルはゲームのメカニズム、ルール、カードとカードの相互作用に強く惹かれる。
この分類方法はマジックの「何を」楽しんでいるのかという美学的分類となる*1。
公式をはじめ様々な先人たちがティミー/タミー、ジョニー/ジェニー、スパイクの視線でカードやゲームについて語ってきた。
同じように熱心なヴォーソスによってマジックというゲームの背景にそびえる世界は語られてきた。
一方でメルの視線に立った記事というものをあまり見たことがない。
ないなら自分で書けばいいばいいのでは?🤔
ということでこれから1つのキーワード能力について丸々1記事使って僕が好き勝手語っていこうと思う。(ここまで前振り)
さて、語っていくにあたってその定義は重要だ。
そもそもキーワード能力とは何かについて確認しておこう。
キーワード能力/Keyword Abilityは、カードが持つ能力のうち、よく使われるメカニズムなどを短いキーワードでまとめたものを指す。
正直この説明だけ読んでもピンとこない人もいるかもしれない。
それでは以下の3つのうちキーワード能力はどれかを考えてみよう。
少し空白を開けておいたので考えたい人はここで考えてからスクロールしてほしい。
- 脱出/Escape
- 星座/Constellation
- 占術/Scry
答えは決まったかな?
それでは答え合わせをしていこう。
正解は1番の脱出/Escapeだ。
脱出/Escapeは「あなたは、あなたの墓地からこのカードを、これのマナ・コストを支払うのではなく脱出のコストを支払うことで唱えてもよい。」を表している。
キーワード能力の特徴は複雑なルーリングを短い単語でテキストに表現することにある。
つまりカードのテキストに脱出とだけ書くことで細かいルールの説明を書くことなくこのカードが何をするかを定義できると同時に他のテキストに割くスペースを確保することができるんだ。
また、キーワード能力は他のカードから参照したりその能力を与えたりすることができる点も特徴的だ。
これによって「飛行を持つクリーチャーを破壊」「ターン終了時まで速攻を与える」という効果がルール上有効になるんだ。
では、残りの2つがなぜキーワード能力ではないのか見ていこう。
2番の星座/Constellationは能力語と呼ばれている。
これはルール上意味を持たないが新メカニズムをわかりやすくするためにつけられたマーカーのようなものだ。
例えば星座を持つカードならそれらはみな「エンチャントが1つあなたのコントロール下で戦場に出るたび、~」という誘発型能力を持っている。
これによってプレイヤーは長々としたテキストを読まなくても「星座」の文字を見るだけでどういったときにこの能力が誘発するか一目でわかるし、誘発したら何が起こるのだろうという部分に集中できる。
また、能力語はテキスト検索をする際にも重宝する。
君がMOやArenaで星座デッキを組もうとしたときやMTG wikiで星座を持つカードを調べたいとき、君は検索ボックスに星座と打ち込めばその一覧を手に入れることができるんだ。
キーワード能力との違いが能力語はゲーム内でその名前を参照することはないということだ。
だから君がオリカ作成が趣味で星座が憎くて憎くて仕方がなかったとしても「星座を持つクリーチャーを破壊する」というテキストは持たせることができないんだ。オリカなんだから細かいことに突っ込むの野暮だって?そうだね
最後に占術/Scryなんだが、これは少しひっかけ問題だったかもしれない。
なぜなら占術が初めて登場したフィフス・ドーンではこれも立派なキーワード能力だったからね。
しかし現在*3ではこれはキーワード処理として扱われている。
キーワード処理は日常的に使うその言葉の意味とは異なるゲーム上特別な意味がある単語の総称だ。
例えば「破壊する」とカードに書かれていた場合、それは実際にそのカードをビリビリに破けという意味ではなく、「パーマネントを戦場から墓地に置く」というゲーム上の意味を持っている。
占術も「ライブラリーのトップから指定された枚数のカードを見て、それらをライブラリーの上か下に望む順番でおく」というマジック的な意味を持つテキストだ。
ではなぜ占術がキーワード能力として収録されたのか。
それは初めて収録されたフィフス・ドーンではまだキーワード処理という概念がなかったからだ。
未来予知が発売されたときにキーワード処理は制定され、その時に占術は定義しなおされたんだ。
このようにマジックのルールは時代に合わせて何度も改定を繰り返している。
この記事でキーワード能力として紹介したものが数年後には変わっているかもしれない。
知識のアップデートは常に行っていきたいね。
さて、ここまででキーワード能力とそうでないものの確認は終わった。
冒頭でも書いたがこのブログではまずキーワード能力のみを扱った記事を書いていく。
能力語やキーワード処理についてはキーワード能力の記事が終わった後に書ければなあと思っている。
(といってもキーワード能力だけで130種類以上あるからだいぶ先の話になりそうだけど)
また、先に断っておくと僕はジャッジでもないしマジックを始めたのも運命再編からのカジュアルプレイヤーだ。
そのためルール的に勘違いをしている点や過去の話に触れたとき当時の肌感覚とずれた話をしているかもしれない。
そういう点があったら是非コメントで指摘してほしい。
それでは次回から本格的に語っていこう。
記念すべき初回は「俺に触れたら火傷するぜ?」なあの能力だ。
その日まで、あなたがメカニズムの美しさに魅了されますように。
強いオタクに触発されて
はじめまして、ゆーとぴあつりーと申します。
文章を書くのはあまり得意ではないので緊張しますね。
さて唐突ですが、世の中にはいわゆる強いオタクというものが存在します。
彼らは自らの「好き」を雄弁に語り、他者を共感させ、そしてそれらを同胞にする力を持ちます。
僕は彼らのような強いオタクではないです。でも、彼らのその姿に一種のあこがれのようなものを抱いてしまったのです。
僕も自分の「好き」を誰かに伝えたいと。
ということでこのブログでは自分の「好き」を言語化して残していくために、そしてわざわざこんなインターネット・場末まで来て読んでくれた読者の人に自分の「好き」を共有できるような文章を書いていきたいなあと思っています。
ジャンルとしては主にMagic: The Gatheringの話や最近読んだ本・見た映画の話などがメインになっていくと思いますが、自分の興味の赴くままにいろんな話題を取り上げていきたいと思っています。
よろしくお願いします!